歯磨きの実践
1週間かけて、皆さん自身で歯磨きの効果について、実験をしてもらうことにしましょう。
歯ブラシと手鏡を用意してください。出来る限り明るい所に腰をかけましょう。
上の前歯でも下の前歯でもどちらでもけっこうです。
手鏡で見えるあなたの前歯の中央から左側と右側をよく見くらべてください。
歯ぐきの色がより赤く、腫れぼったいのはどちらでしょうか?
より赤く、より腫れている側の2、3本だけを手鏡を見ながら、歯と歯ぐきの境目や、裏側、歯と歯の間まで、歯ブラシを使って丁寧に、毎日1回、1週間だけ磨いてみてください。
歯ブラシは、市販の普通のものでけっこうです。
たぬきの毛のような柔らかいものやあまり硬いものはいけません。
使い古して、毛先の開いてしまったものも避けましょう。
この実験中、歯磨き粉は使用しないで下さい。泡だらけになって、歯や歯ぐきが見えなくなるからです。
磨き方は、縦でも、横でも、ぐるぐる回してもけっこうです。いつも毛先が歯面に直角に当たる様に、毛先を使って磨くこと。柄のついたタワシを使うつもりで歯ぐきの上まで。
大事なことは、ゆったりした気持ちで、自分の身体をいたわるつもりで、丁寧に、手鏡を見ながらやることです。
力の入れ具合は、きもちがいいと感じる強さ。こった肩をもみほぐす時の、かゆい所をかくときの、強過ぎず、弱過ぎず、気持ちのいい強さがあるはずです。
長年、歯垢のために炎症を起こしていた歯ぐきからは、すぐに出血があることでしょう。
でも痛みがなければ続けてください。早ければ3日、遅くても2週間で出血しなくなるはずです。
気持ちがいいとつい反対側もやりたくなりますが、1週間の我慢です。
あなたの歯ぐきにどんな変化が起こってくるか?
毎日、手鏡で左右を見比べていてください。
1週間後
1週間たちました。あなたの歯ぐきはどのように変化したでしょう?
赤く、腫れぼったく、さわるとすぐに出血していた歯ぐきは、色が薄くなり、全体的に引き締まった感じで、出血はもうしなくなりましたか?
1週間、毎日、手鏡を見ながら磨いた側と磨かなかった側との違いがわかりますか?
実際に実験して、自らの目で歯ぐきの変化を確かめることが出来た人には、この変化はまったく新鮮な驚きと言うか、感動的といってもいい貴重な体験になったはずです。
これで、あなたが今まで、習慣的に、長年にわたり行ってきたブラッシングはたくさんの磨き残しがあり、特に、歯ぐきのそばに取り残された歯垢のために、歯ぐきが炎症を起こしていたという因果関係がはっきり納得できたことでしょう。
しかし、この実験で一番大切なことは、たった一週間で、この変化が、一本の歯ブラシだけでもたらされた結果であると言うことです。これが自然治癒力と呼ばれるものです。
あなたの持っているこの素晴らしい力が、常に最大限に発揮できる環境を作ることは、あなただけにしか出来ないことなのです。自分の健康は自分で守ると言う原則をわかっていただければ、この実験は大成功です。
さて、このようなブラッシングを全ての歯の全ての面に一日1回続けてゆくことが出来ればいいのですが、自己流のブラッシングにはやはり限界があります。
奥歯などは、果たして磨けているのかどうか?自分ではなかなか確認は出来ません。
歯や歯ぐきを傷つけないように、歯の表面の歯垢を全部きれいに落とすことは案外難しいのです。間違った磨き方をして、かえって逆効果になっている患者さんもいます。歯ブラシ以外に、デンタルフロスと呼ばれる糸や歯間ブラシと呼ばれるごく小さなブラシなど、補助清掃器具が必要なこともあるかもしれません。
安全で確実なブラッシングを習得するためには、歯科衛生士によるブラッシング指導を受けることが一番です。
予防にこそお金を
歯科医院には歯科衛生士と呼ばれるブラッシング指導や歯石除去、予防指導などの専門家がいますが、残念ながら日本ではまだ十分に活用されていません。
しかし、予防指導を行う歯科医院も最近増えてきているようです。
歯科医院での予防指導を受けるに当たって、皆さんに理解していただきたいことがあります。それは十分な指導料を支払うつもりで行って欲しいということです。
セラミックの歯や金歯に代金を支払うのはごく当たり前になっていますが、指導という無形のものに報酬を支払うという習慣がわが国には育っておらず、したがって予防指導もなかなか国民一般の常識には遠いために、皆さんの歯は結局、治療の繰り返しの中で失われてゆくのが現状です。
スウェーデンなど社会保障の先進国では、予防指導のためにかなりの金額が支払われるのですが、日本の保険は疾病治療主義を原則としており、歯科医院に行って、予防指導を受けたいと申し出ても、原則的には保険の給付が認められていません。
私たちのこれまでの経験では、お口の中の歯垢が90%以上落とせるようになるまでに、平均して1回に30分から60分かけて、少なくとも3回、多ければ6回以上の指導が必要です。もちろんこれは集団指導ではなく一対一で手をとって指導してのことです。皆さんが手芸なり、語学なり、何かを身につけるために、一対一でこれだけの時間と回数をかけて習得する場合のことを考えてみてください。専門家の予防指導を受けるのにどれくらいの報酬を支払う用意がありますか?
悪くなってから歯を削られ、抜かれ、自分の歯の代わりに人工の歯が増えてゆく過程の中で、あなたが支払う代償は、歯科医への治療費だけではないはずです。大切な時間、精神的、肉体的な苦痛など有形無形の代償とその結末を思えば、予防指導によって習得した知識と技術でお口の中の健康を取り戻し、生涯自分の歯を使えることのあなたへのメリットは明らかなはずです。歯を長持ちさせるためには、悪くなる前の予防にお金をかけることです。